『戻らない42秒前』
ある日の昼休み――
一過性全健忘の症状――
突発的に健忘状態に陥る。発症中に起きた物事は記憶されない。
発症中でも意識や知識・判断力は通常どおり。回復すると記憶の機能は戻り、後遺症もない。
そして発症前の数日から数ヶ月前にした行動を思い出せないという、逆方向性健忘もあるようだ。
「なるほど……」
俺はある目的ついでに、以前から興味本位で調べていた記憶喪失関連の資料に眼を通していた。
「あっ、奥村くんだぁ♪」
「えっ、本当だ♪ 奥村くんって勉強も運動もできて、本当にカッコイイよねぇ~」
図書室へ入ってくるなり、人の名前を勝手に呼んで騒ぐ女子達。
もっと静かにしろよ……。
正直、俺の好みでない女に騒がれても、全く嬉しくない。そんな事を思いながら――
「今日も窓際の席か……」
俺は呟きと共に、本来の目的である一人の少女の顔を覗き見る。
一見、気の強そうな印象を受ける顔立ちだが、実際のところは明るく優しい……
後輩の女の子から慕われている様子からそれはわかった。
あと少女について知っている事は三つ。まずモテること。
いつもこの時間に同じ席に座って本を読んでいること。美術部だということ以外、俺は何も知らない。
俺にとってこの空間だけが唯一、以前から好意をもっていた少女をこっそりと窺い見る事できる場所なのだ。
……そんな片思い生活も、もうじき終わる。いい加減、妄想ばかりに耽っている場合じゃない。
だからといって、他の女と付き合う気にはなれない。だから俺は決意した。
放課後――
俺は少女の部活が終わるのを校門前で待ち続けた。
そして待ちに待ったその時がきた。
俺は決心すると、少女の前りに躍り出た。
「すみませんっ! ちょっと話し良いですか?」
「えっ、あっ、は、はい……なんですか?」
少女は若干驚きを顔に滲ませながら対応してくる。
「実は俺は……前から君の事が好きだったんだ!」
「ごめんなさい……今は誰とも付き合う気になれないの……」
これも単なる妄想だったら良かったのに……。
妄想だったら、記憶喪失少女を好きにできるのに……。
――俺の青春は僅か42秒で終了した――
『次回 98式 俺の性旬まだ終わらない』